Tumblelog by Soup.io
Newer posts are loading.
You are at the newest post.
Click here to check if anything new just came in.
読みたい、書きたい、食べたい、セックスがしたい、子どもがほしい。ふつう、ひとはなにかをやるためには、なにかをあきらめなくてはいけないとおもいこまされている。生きるためにとかいって、まずカネのことを考えさせられるからだ。たとえば、家庭をもつようになったら、カネにもならないのに夢をおいかけたら、わがままだといわれてしまう。でも、伊藤野枝はちがっていた。やりたいことがあったら、なにがなんでもやってしまう。ひとつじゃない、全部だ。カネはあとからついてくる。家も仕事もなげ捨てて、がむしゃらになって欲をみたす。失敗もする。死ぬほどバッシングもされる。でも、やってみると自分にはこんな力もあったんだと、妙な自信を手にしている。それを支えてくれる友人がいたら、その大切さにも気づかされる。百人力だ。あんなこともできる、こんなこともできる、もっとできる、わたしはすごい。野枝が身をもっておしえてくれているのは、そういうことだ。あらゆる逆風どんとこい。カネのことなど関係ないね。だれでもできる、なんでもできる。村に火をつけ、白痴になれ。いいよ!
栗原 康
『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』moreinfo|岩波書店 (via koinubooks)

Don't be the product, buy the product!

Schweinderl